2011/07/19

FRA909 Tv - LUCIANO VAGABUNDOS @ USHUAIA IBIZA BEACH HOTEL


Luciano is awesome!
Not only club lovers but also all music lovers must listen.
Fun.
These crowd girls are dancing with fun, too.

Prince / When Doves Cry - Jamie Woon / Lady Luck (House version)
I wish this version of Lady Luck would be released!

PS:
Michel Cleis played a Lady Luck 2 times @Womb, Tokyo, Japan on July 29, 2011.
It was a very very very sweet mellow groove!

Richie Hawtin of M_NUS Showcase Erfurt 2009-10-24


This is the front-line of digital DJing with Native Instruments Maschine.


Cool!

FRA909 Tv - LUCIANO b2b VILLALOBOS @ LOVE FAMILY PARK 2011


They are very very very fool. But great.

2011/06/05

ポリリズム・ソウル・パワー


おそらく40代であろうジェームス・ブラウンの、オフの落ち着いた、冷静なたたずまいはただごとではない。まさにここから「クール」という語が生まれたのではないかと思うほどだ。
そして声が非常にイイ。いつもシャウトしかしていない印象だがww、あらためてしゃべり声を聞いていると抜群にイイ。

若いモハメド・アリが出ていたり、「Good Times」「Thinking Of You」(!)などダンスクラシックで有名なシスター・スレッジが、ダイナマイツボディたちが文字通り爆発しそうなはちきれんばかりの姉妹たちの身体が動くさまを眺めたり、セリア・クルースがキューバ人特有といっていいであろう硬質の金属的だが官能的なほど柔らかいあの声で歌っているのを見ると感動する。

ヒップ・ホップやハウスが誕生し、その声ネタやビートの元ネタとなったこれらの人々は、やはりパワーあふれているのだなあと感嘆する。
だが同時にこの映画から不満が出てくる。音楽に新しさがないではないか。
30年前のもので古いのだからしようがないということではない。彼らの音楽の快楽成分はすでにサンプリングや打ち込みとしてとりこまれ、なかば日常化しつつある。そこから新しいものが出てきていないのではないかという、現在の停滞感に関する不満なのだ。

と思っているとタブー・レイ・ロシュロー&アフリザ・アンテルナシオナルなるグループが現れる。
このグループに関する知識はない。(アフリカやラテンの)ポリリズムはクラブ最先端でもあるためついていけないということはない。
「タブー・レイ・ロシュロー」、の方じゃなくて「アフリザ・アンテルナシオナル」じゃなくて、ただの女性ダンサー2人なのかもしれんが、この2人の踊りとその衣装からくる印象はとにかくすばらしい。

たとえばクラブで上手に踊っている女だって和洋を問わず非常に美しいと思うし、シスター・スレッジだってすばらしいが、そんなことよりあの女性ダンサー2人をずっと見ていたい。
よろこびに溢れたセクシーなダンスクイーン。言葉じゃなにも伝わらない。

21世紀の日本人はポリリズムで幕を開け、身体の世紀として生きていく。
停滞感はふきとばずにはいられない。

2011/06/04

トニスコ叔父貴のすすめ


トニスコ叔父貴、デンゼル・ワシントン、「デスプルーフ」(!!)に出演してたロザリオ・ドーソンという鉄板布陣。チョイ役にも徹底したハマり役を配し微妙な機微を演出しつつも、表向きはあくまでハデなアクション監督を装うところこそトニスコが叔父貴たる由縁。
あの「デジャヴ」ですらタイムトラベルもののド派手なアクションでありながら、実に切ないラブストーリーであるのはご承知のとおり。
で、今回はついに銃が出てこないのである(ちらっと出てくるが殺人のためではないし全く役に立たない)
出てこないにもかかわらず、いやそれ故にか、単なる飼料であるはずの穀物にこちらはアガるのだ。

(私的には)「ドミノ」から始まった「デジャヴ」「サブウェイ123」という一連の流れのなかで1つの到達点ではないかと思う。そして到達点ではあるがすでに変化の予兆が「アンストッパブル」の中に含まれてもいて、これからもトニー・スコットから目が離せない。

----------P.S. 2013/01/07
亡くなってしまった。橋からの飛び降りである。
フーターズに勤める娘(笑)についてのほんの短い会話で父親の悲哀を表現してしまえるのはトニー・スコットだけであろう。
RIP

2011/04/11

すべてのひとに『ヒアアフター(来世)』を贈ろう。


※東日本大震災をうけて公式サイトもなくなり、上映も中止されたらしい。
津波のシーンがあるのでいまはそれも仕方ないかもしれないけど、この映画自体は津波をメインにあつかったパニック映画ではないし、むしろ再生の物語であるのでいつか普通に見れる日がくるといいなと思う。
(ただしすでに津波がトラウマになっているひとは見てはいけない)
以下は震災前に書き綴っていたもの。
-----


そこで人は死に直面したことにより孤独になりつつも新しい一歩を踏み出そうと行動する。
イーストウッドは、ひとが葛藤しながらも新しい生を模索することは、しごく当然のことだといった風情で、光と色彩とユーモアとスペクタクル(かつて誰も見たことのない津波の迫真性!!のほかにも、、、○○○事故など)にあふれた世界で、問題に直面しているひとびとをあたたかく包みこむ。
その世界は徹底して現世であり、霊能力を持つマット・デイモンと題名の『来世』から想像される「あの世」が描写されることはない。
臨死体験はあくまで朦朧とした意識の表現にとどまっており、ファンタジーは排除されている。
にもかかわらず、それまで見たことも会ったこともない男女が一瞬視線を交わし、指が一本触れあっただけで結ばてしまうという信じがたいメロドラマが、脚本と演出の両方であっけらかんと導入されるさまはどうだろう。

また『マディソン郡の橋』の男女ふたりの閉じた関係とは違い、子供が加わることによる三角関係により物語は開かれる。
メロドラマを担う男女のほか、父親、母親、子供、と「赦し」のテーマがすべり込まれることになる。

だれもが何やら重い問題をかかえつつも前進しようとするなかで、ブライス・ダラス・ハワードが中心となる一連のシーンがある。
そこでのエロティックなシーンの演出は、監督の余裕で遊んでいるように見えてその実、必要最小限で最大の効果をあげていたことに気づくのは、その後の急降下する展開に息もつまり、あれやこれやがあったのち、先述の恋が成就するシーンにいたってからである。

二度ピークが来る。一度目はだれもが「見えない」が、二度目はだれもが見えている。

と、このように『ヒアアフター』の脚本と演出をなんとなく分析することもできよう。そんなことはどうでもよろしい。
なによりも『来世』の側に立っているのはクリント・イーストウッド(80)その人であり、『来世』からの視点で全体を静かに見渡しているとしか思えない、この澄みわたった映画はすばらしいと同時に神による、人類に対する慈悲なのだろうか?

最後に、マット・デイモンと結ばれるもうひとりの主役と云うべきセシル・ドゥ・フランスは、これまでのどこかクセのあるイーストウッド的女優を超えて最高にすばらしいことはいうまでもない。



See also:
blognotes2: アンジェリーナ・ジョリー
blognotes2: 『インビクタス』は途方もないおバカ映画

2011/01/03

映画シリーズ2010 - Cinema series 2010 -


1. インビクタス クリント・イーストウッド

blognotes2: 『インビクタス』は途方もないおバカ映画

2. ゴダール・ソシアリズム ジャン=リュック・ゴダール
  

3. アウトレイジ 北野武
  

  blognotes2: 全部黒。そこに永遠の白が口を開く。

4. ナイト&デイ ジェームズ・マンゴールド

blognotes2: ナイト&デイへの誘い Knight and Day

5. イングロリアス・バスターズ クエンティン・タランティーノ

6. ゾンビランド ルーベン・フライシャー

7. ブロンド少女は過激に美しく マノエル・ド・オリヴェイラ
  

8. アバター ジェームズ・キャメロン

blognotes2: アバター 3D の監督を徹底解剖する

9. 告白 中島哲也
  

10. 夜顔 マノエル・ド・オリヴェイラ(DVD)

11. シルビアのいる街で ホセ・ルイス・ゲリン

12. 乱暴と待機 冨永昌敬

13. アンナと過ごした4日間 イエジー・スコリモフスキ(DVD)




映画シリーズルール
  • 映画はそのときの世相、自分の気分、などによって印象がかわるので、、
  • とりあえず観た映画をリストアップしていく
  • とりあえず順位をつける
  • とりあえず年末まで寝かす
  • 年末に、観た映画についてもう一度振り返ってみる

全部黒。そこに永遠の白が口を開く。


『アウトレイジ』は監督お得意のヤクザ映画というより犯罪映画として観た方がしっくりくる。
オリヴィエ・アサヤス(『デーモンラヴァー』『レディアサシン』)ばりの犯罪の空気感は第一級でゾクゾク来るが、水野(椎名桔平)が死ぬ一連のシーンはどう扱ったらいいかとまどうばかり…完全に受け止めきれない。
絶対零度っていうのはこういうことかもしれない。空恐ろしい、、

識者の批評として、その映画づくりに対して、完全に甘えがなくなったと語られていたが、確かにそうだと思う。
ただ、甘えがなくなったのはいいとしてもそれにつられて、あの透明ですばらしい「遊び」の時間も無くなっていってしまうのだろうか?
「遊び」の時間はもっと見たいと思う。

監督はかつてキューブリックはすごいけど友達にはしたくないタイプとかなんとか言っていた。今ではそのキューブリックの映画の感触に似てきている。


See also:
blognotes2: 北野武、加速する映画 -『座頭市』e.t.c.-

ナイト&デイへの誘い Knight and Day


スクリューボールコメディを下敷きとしてボーイ・ミーツ・ガールの物語をアクションを交えつつ40歳を超える運動神経抜群のT.クルーズとC.ディアスが演じる『ナイト&デイ』はその古さと新しさ、老いと若さ、重さと軽さの混濁により重力圏を形成しわれわれを誘う。

2010/07/04

マラドーナの憂鬱

マラドーナはジーコと同じように大スターだったから現役選手の苦労や悩みを選手の立場に立ってわかることができ、そのことでメンバーからの信頼と統制は得ることができる。
しかしジーコと同じように戦術がないんだと思う。
そんななかで強い相手と当たるとポロッポロッとパスがつながらなくなって無理な個人技に頼ってさらに有機的なチームワークがなくなるわけで。

2010/07/02

W杯2010

もう1試合やらせてあげたいのは全くでオレも本田、松井、大久保のコンビをもっと見たい。やっぱ大会直前に発見したんだと思う。今後の日本にとっての最大の収穫で、あのレベルが皆の記憶に残った意味は大きい

2010/05/23

モウリーニョと愉快な仲間たち

モウリーニョは「主役は俺だ」という監督で、自分より目立つ選手はチームに置かない。結果的に地味で華のないチームになる。驚くのは、華はないけど抜群に能力の高い選手が実はこんなに沢山いること。で、戦術が良ければ勝ててしまうのだけど、あんまり楽しくない。

2010/04/10

パソコンからファミコンへ

マイコーの最良の演奏がThis Is It(DVD)にしかないのでDVDからトラックだけ抜き出してiPodに入れた。
ごきげん。こういうことはパソコンのソフトがあるからできる。
パーソナルコンピュータってうまくネーミングしたなと思うけど、まさしくPCはパーソナルなものでしかないよなあ。

だけどiPadはパーソナルなものからファミリー的なコンピュータ(ファミコン!)になるような気がする。
レビューによると二メートル先からでも画面が丸見えらしいし、テーブルの上で四方からみんなでいっしょに写真などを見ることができる。
そして驚くことに、トランプやチェスのアプリがある。このアプリはコンピュータと対戦するのではなくて、コンピュータが行うのは、単にチェスの駒を画面上に表示するだけで、実際にプレイするのはわたしらなのだ。

WIRED VISION: 何もしないiPadアプリ『ゲームテーブル』

他にも画面上の四つの楽器をみんなで同時に演奏するアプリもある。

2010/03/13

『インビクタス』は途方もないおバカ映画


そしてそれがクリント・イーストウッドの手によるものだということに驚きを禁じ得ない。
たしかに『チェンジリング』『グラン・トリノ』と来て何かしらの変化は感じられたけども、これまでこの監督の映画に張り付いていた死の臭いがここまで希薄だとは思いもよらない。それはむしろネルソン・マンデラひとりに集約されていて、映画自身はあのポスターのように白く晴れわたっている。

これはイーストウッドを知るものとしては極めて異例の事態で、あの、素晴らしい出来だが重く、重すぎる『ミスティック・リバー』や『ミリオンダラー・ベイビー』と同じ監督が撮ったとはにわかに信じがたい真逆の地点に来てしまった(80歳!)。

で、ここからが面白いのだが、映画自身は「ネルソン・マンデラ」「南アフリカ」「黒人初の大統領」「ワールドカップの利用」というキーワードから連想される政治性など、何の意味もなさないとばかりにひたすら我々のステレオタイプな想像力から身をかわしつづける。

そしてジャンボジェット機と、ラグビー・ワールドカップ決勝の舞台となるスタジアムが遭遇する事態がおとずれる時、掲題の言葉をつぶやくことになろう。なんだこのおバカ映画は、、、と。

ひとつだけ言えるのは、『アバター』を見てわかった風を気取ることより、『インビクタス』の運動感と楽観性にひたすら圧倒されなにも口にできなくなる方が人生に華を添えよう。
イーストウッドは何を考えているのか全くわからない。ただ圧倒的に面白い映画だけが存在する。
またこの圧倒的に面白い映画は、政治性ではなくネルソン・マンデラの人間性に支えられていることも記しておきたい。

そして映画館に行こう。タランティーノの『デス・プルーフ』と同様、TVでどれだけこの面白さを「体感」できるかははなはだ疑問なのだ。


(イーストウッドファンにはおなじみの、この監督の作家性の1つである「傷ついた肉体」がどうなったか。何しろ前作『グラン・トリノ』では自ら終止符を打ってしまったわけだが、期待は裏切らない。むしろこの映画の題材との関連性に驚く。
で、次回作『Hereafter』もマット・デイモン主演らしい。今後イーストウッドの分身はこの人が務めるのか)


See also:
blognotes2: 今宵タランティーノに、有楽町で逢いましょう
blognotes2: アンジェリーナ・ジョリー
blognotes2: 映画シリーズ2010

2010/03/07

フラクタル猫の衝撃は異常

わたしの印象では左脳派のひと(優秀なプログラマとかね)に猫好きが多いと感じるのだけど、それと何か関係してるのかな
DDN JAPAN: フラクタル猫の衝撃は異常