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2010/07/04

マラドーナの憂鬱

マラドーナはジーコと同じように大スターだったから現役選手の苦労や悩みを選手の立場に立ってわかることができ、そのことでメンバーからの信頼と統制は得ることができる。
しかしジーコと同じように戦術がないんだと思う。
そんななかで強い相手と当たるとポロッポロッとパスがつながらなくなって無理な個人技に頼ってさらに有機的なチームワークがなくなるわけで。

2010/07/02

W杯2010

もう1試合やらせてあげたいのは全くでオレも本田、松井、大久保のコンビをもっと見たい。やっぱ大会直前に発見したんだと思う。今後の日本にとっての最大の収穫で、あのレベルが皆の記憶に残った意味は大きい

2010/05/23

モウリーニョと愉快な仲間たち

モウリーニョは「主役は俺だ」という監督で、自分より目立つ選手はチームに置かない。結果的に地味で華のないチームになる。驚くのは、華はないけど抜群に能力の高い選手が実はこんなに沢山いること。で、戦術が良ければ勝ててしまうのだけど、あんまり楽しくない。

2009/05/08

日々の積みかさね -Champions League 08-09-

はじめは日々の積みかさねが効果を発揮していないようだった。

すなわち、ダニエル・アウベスのクロスの精度はイマイチだったし、セットプレーでもサインをわかっていなくて、グアルディオラ監督が
ブチ切れてた。

だが後半ロスタイムに入ってやっと、ギリギリのところで、逆にチェルシーの日々の積みかさねの「なさ」が露呈する。

すなわち、ヒディンクが途中で指揮をとって最初にしたのがフィジカルの強化で、フィジカルがダメダメだったんだと(雑誌Numberより)

イマイチかと思ってたダニエル・アウベスも含め、その運動量がボディブローのようにじわじわと相手の体力を奪っていて、やっと
終了間際ロスタイムにあの連携プレーを行うスペースが生まれ、イニエスタの一発を呼びこんだ。

枠に行ったのこの一発だけ!

正直、シーズンの始めからフィジカルができてたら、押さえ込まれてたかもしれん。

それにしてもイニエスタは最終的にジダン級の選手になりそう。
なんか同じように宇宙人の雰囲気あるしw

ちなみにグアルディオラは選手時代にシャビを見てオレよりすごいヤツがいると認めた。
だがシャビ、お前もいずれあいつに抜かれると言って指したのが、まだ十代だったイニエスタということです…。

超一流の世界はおそろしい。


08-09 CL SemiFinal 2nd Leg
チェルシー1-1バルサ

2008/04/16

ついにロマーリオ引退イイィィィ!?だって。

ロマーリオは、物語で人々を惹き付けることはできない。
バッジォとかロナウドとかジダンみたく死と再生の感動物語があるわけではない。

ロマーリオは、一瞬で決める。
一瞬で決めるから、人々に想像の余地を与えない。だから流れるような、ファンタジー溢れるプレー(ファンタジスタ!)とは無縁である。

このような物語と流れがないロマーリオは、商品として売りにくいと思う。

しかしながら、その一瞬がはてしなく美しいがゆえに、人々の記憶に焼き付いてきた。

今でも10億人は94年W杯のヘディングシュートを記憶している。
今でも20億人はブラジル国旗を掲げるすがたを覚えている。

こんな人が国民に愛されているというのだから、やはりブラジル人はすばらしい。

2006/06/19

2006W杯 日本vsクロアチア

解説者がすべてを捨てて
「あんたらFWはバカですか????」

と一言コメントくれるだけでスッとできるはずなのだが・・

2006/06/13

ジーコはとにかくスーツが似合わない。

やっぱヒディンクってすげーな。
日本はブラジル的なサッカーするかもしんないけどジーコが
素人だってことよくわかってる。
日本全体ヤツにのせられた。

なんでサッカー協会は経験なしのジーコにトルシエより
高い給料払ってるの?
サポーター?どーしたらあんなに落ち込めるの。怒れよ。
といまさら書いてもどーにもならん。
・・・しかし、この先日本はまともな監督と契約できるのだろうか?
する気はあるのだろうか?
(ベンゲルは×。だってシステマティックすぎてつまんないんだもん)

とにかく、クロアチアの監督がバカで、日本らしい(?)サッカーをして、
ジーコの強運が発動されればまだまだOK!??

2005/03/31

Where is Zico? ジーコはどこに消えたのか

怒るべきではないのか。トルシエサッカーよりもつまらないのならば。
サッカーファンであるならば。

監督就任時に表明した、ファンタジーあふれるサッカーはどうしたのか。
理想としていたサッカーはあたまの中にしかなかったのか。
監督が頼りにならないならば、残るは選手たちだけがガンバルしかないではないか。
まったくジーコはどこに消えてしまったのか。

すくなくともトルシエのときは、決定力が他の要素に対してあきらかに劣っているということがわかっていた。
しかし今は、最後にちょこんと入るゴールによる、苦しんだがなんとか負けはしなかったぞという爽快感のない、気味の悪いカタルシスが(それでも一応カタルシスなので)、決定力不足のみならずすべてを忘れさせている。

ジーコの戦術って、選手達に、ほんとうに自由にさせているだけなのではあるまいな?
ジーコも選手時代マスメディアなど相手に苦労したのだと思う。それで選手の気持ちとかを理解できて打ち解けるのも早いのだろうけど、それだけだ。
選手にとってはトルシエの時より居心地がいいだけなのではないだろうか?

ジーコはもう3試合以上は運で勝っている。
このまま行くと本番では、われわれはジーコのサッカーで勝つのではなくジーコの運で勝つだろう。
ジーコの場合、最後に気味の悪いシュートがちょこんと入っちゃうぞ。

2005/03/30

世界最強リーグ・チャンピオンズリーグをより楽しむためのメモ

8強が出揃った。が、民放はほとんどレアル戦しか放送してこなかったため、ほかのチームがどれほどの力でどんなサッカーをしているのかまるでわからない。最悪のレアルを見せるより、最高の試合をピックアップして見せてほしいものだと思う。ダイジェストのみで判断してもなかなかわからないものだ。
と言いつつダイジェストその他もろもろの印象だけで書く。


<レアル・マドリッド>
ルシェンブルゴになってから、ジダンが中心、という意思統一でかつての(デル・ボスケ時代の)ような魅力がもどってきたように思えたけれど、対ユーベ第2戦で、その戦術自体が監督自身の哲学から導き出されたものではなく、結局デル・ボスケの簡単なやきまわしでしかないように感じた。デル・ボスケからヒントを得るまではよろしい。しかし試合という刻々と変化する生き物にたいして、どう判断していくか?が、そっくり抜け落ちているのではないか。これは人のマネで解決できることではない。
とにかくあれほどの選手層をまとめられるそれほどの監督がほとんどいなく、それがために観客は充分な快楽を享受できないというこの状況は不幸だ。
もたもたしていると選手は引退していくばかりだというのに!


<ユヴェントス>
ユーヴェにしろローマにしろ、カペッロという監督にかかるとどうしてここまで地味なチームになってしまうのか。
もともとユーヴェとは派手なチームではない。ただ、悟りをひらいた坊さんのように冷静に試合をはこび、ここぞという所はいつのまに連携してボールをネットに突き刺しているのだ。そのムダのなさと内に秘めた闘志が魅力的だったのだが、いまは単に地味で退屈なだけだ。
それでも選手交代は当たるし勝ってしまうのだから困ってしまう。
カペッロのユーヴェが優勝してもうれしくともなんともないぞ?
(ユーヴェに来る直前のローマはおもしろくなってたし、そのためにユーヴェ側もカペッロを迎えたのかなと思ったのだが…。ユーヴェフロントは人選に対して一貫した観点があるけれど、今回は時期早尚だったか)


<バルセロナ>
たしかにあそこまで自由にやられるとおもしろい。しかしあまりに放任主義でムダが多すぎる、というのもたしかなのではないか。そして、肉体的に小粒な選手しかいないというのも問題なのだろう。さらにボランチが攻撃的すぎて守備に穴があく。しかしシャヴィが守備的になってしまっても仕方ないので、監督ライカールトがんばれ、というところか。
昨期のレアルにしろ今回のバルサにしろ、モウリーニョを崩すときはひとりが3人4人とディフェンダーをひきつけて、スペースができたところにパスを出していくという共通点がある。逆にいえばそうやるしかモウリーニョのシステムには穴がないということだろう。
さらにコワイことに、体格的な点でもチェルシーは強固なのだ。バルサとチェルシーは正反対である。


<チェルシー>
まだベスト8が出揃ったというだけで、チェルシーが優勝したわけでもないし、もしや異常に魅力的なチームがまだ観ていない中に存在しているのかもしれない。しかし、いまフットボールはモウリーニョを中心に回っている、とつぶやきたくなるほど何か異様な勢いがチェルシーにみなぎっている。
モウリー二ョの戦術はだれが見たってあからさまにシステマチックであろう。中央に入ってきたらすばやくチェックし、3人で囲む。ボールがサイドへ出たら囲むのは2人で充分だ(サイドラインがプレスの役目をはたしてくれるのだから)。
問題は、そこからボールを奪ってからの、選手のノリにのった勢いなのである。ようするに、システマチックだからといって選手を抑圧するのではなく、モウリーニョのシステムとは選手を煽るのである。ぽろぽろボールを奪え、得点してしまえるのはたのしいからだ。あのディフェンスはがむしゃらにボールを追いかけるより体力的に楽で、攻撃へ移る際のむだなロスもほとんどない、はず。

チェルシーを語るとき、監督名やシステムが表に出てくるばかりで、選手名がはじめに挙げられることはほとんどない。チェルシーにだっていい選手はいるが、まだ監督の存在に負けている。以前のポルトよりランクが上とはいえ、まだ超一流選手のいないチームではある。
ようするにこのチームはシステムが選手を引っぱっているということで、いままで選手よりシステム優勢というといいイメージは浮かばなかったのだが、チェルシーのような怒涛の勢いを産み出すシステムなら、ちょっと見つづけていきたい。

いちばん最悪なのはベンゲルやカペッロのような、システムで「統御」しようとすることなのだ。
そうではなく、システムでなにか産み出せ。
(アーセナルのばあい、システム構想の際にプレミアリーグ仕様で構想されてしまっている。だから構想外の相手と当たったとき、まったく勝てない)

平均より優れた一流選手がそろっていれば、まず攻撃から発想が浮かぶのではないかと思う。逆に相手より劣っていると判断したばあいは守備からの発想になる。攻撃寄りのシステムが観客を興奮させるというのは容易に想像がつく(クライフ監督時代やリバウド、フィーゴ、グァルディオラ時代のバルサ)。しかしモウリーニョが新鮮に見えるのは、守備寄りのシステムがここまで興奮させることはなかったのではないか、ということなのだ。(それでも退屈な面もある。超一流選手たちの優雅なリズムに対する、直線的で、ある意味変化のない攻撃)
システムにかんして超一流のモウリーニョが、ジダンなどのような超一流選手・チームを指揮するようになるとき、システムは攻撃的に変わるのか、それとも変化せず洗練されるだけか、はたまた機能するのかしないのか。それ以前に、そのような出会いはそもそも必要とされているのか。
選手とシステムの関係にたいする興味は尽きない。


<モナコ>
昨期はモウリーニョとデシャンが要注目監督だったのだが、今回は試合を見ることなくモナコは敗退してしまった。ムダのない攻撃への移行という目的へ向けての、両監督の徹底的なディフェンスと攻撃的なディフェンスという微妙な差異がおもしろかったのだ。
やはり昨期とくらべて今期は戦力が落ちていたということなのだろうか。観ていないのでわからないのだが、サヴィオラファンとしては、敗因を彼の力不足のせいにして納得するようなことはしてほしくない。
それにしても攻撃的なディフェンス、気になる。今期は昨期のシステムとは違うのか。


<リヨン>
ジュニーニョの活躍がうれしい。かつてジュニーニョ・パウリスタがブラジル代表に召集されたとき、ジュニーニョのほうがいいのに、と言ったら白い目で見られたのだ…。
ベテランのヴィルトールなんかもいて、チーム全体のバランスもいいのだと思う。期待。



リヨンと同じく、コクーがいるなどしてバランスがよさそうだ。韓国人選手の突破はいつ見てもすばらしい。


<バイエルン>
ずっとバラックとゼ・ロベルトの活躍を見たいとおもいつつも、つまらない試合ばっかりしているんじゃないかという印象。
しかしダイジェストを見てダイスラーという選手をようやく発見。この3人だけでもおもしろいはずなのだが。



強いのだろうがよくわからないミラン。最近は、なんとなく興奮もないままいつの間にかゴールを奪って勝っているような印象。まだ余裕があるのか。

2005/03/20

ジダンのドリブル、フィーゴのドリブル、あらゆるスーンバラシィーぷれー

新しい姿勢の連鎖が新しいスタイルを創り出すという。

さらに言えば、ジダンのプレースタイルの元にはあの驚異的な懐の深さがある。フィーゴには腰の粘り強さだろうか。末続慎吾には彼自身の走りが、イチローには彼自身のバッティングスタイルがある。
すべて自分の身体の特徴と対象との関係から、自分だけのスタイルが産み出される。

ただ、その人のスタイルはその人にしかできないことなのだから、セナのドライビング、ジョーダンのプレー、グラフのバックハンド・スライス、こういったものはもう2度とリアルタイムで味わうことはできない。
もちろん現在では現在の新しい魅力が存在しているのだが、それでもこれらのスタイルを永遠に堪能できたらと思う。

こんなことを思ってしまうのは、現役時代のプレーを生で観たかったのに観ることができなかった、だからつい思ってしまうのかもしれない。

2004/12/31

サッカーを超えたレアル・マドリード
-03/04CL GroupF ポルトvsR.マドリード(1-3)-

CLが世界No.1リーグだということに異論のある方はいないだろう。

たとえポルトがなじみのないチームだとしても、CLに出てくるだけのことはあり、ナメテ観てはいけない。
しかし、ここで取り上げるのはポルトではなく、ご多分に漏れず今話題の、レアル・マドリードである。

だが、レアルのすごさを説明するために前提としておかなければならないことは、ポルトは決してショボかったということではなく、むしろ前半は、ゾーンプレスという現代サッカーのディフェンス術において、ほぼ間違い無く理想的な、と言えるかたちで機能していた。
最終ラインだけでなく、全員が有機的に動くことによってボールを動かすスペース、選手が飛び出してくるスペースなど全くといっていいほど無かった、ということなのだ。
いや、有機的に機能するチームはいくらでもあるのだが、特に完璧に、徹底的に機能していた、ということを踏まえておいてもらいたい。

もちろん、レアルだって完璧に抑えられていた。
全く攻撃を組み立てることができていなかった。しかし、徐々に徐々に変化が現れてきたのである。
その原因は、ポルトが疲労してきて自ら崩壊してしまった、そういうことではなく、ポルトはずっと変わっていなかったといっていい。
最終的には崩されるのだが、しかし、ポルト自体は何も変わっていなかったと、ずっと完璧だったといえるのではないだろうか?

変わったのはレアルの方だった。
だが一気に変化が訪れたのではなく、まるで相手の何かを確認しながら、何かがジワ〜と浸透していくように、不気味な冷静さを保ちながらの変化だった。
具体的には、試合開始当初からボランチ的位置のグティがボール配給の基点だったのだが、うまくいってはいなかった。何度もボールを途中でカットされる状態がつづくと、味方のポジショニングのバランスだって崩れてくる。
そして、そこにいたのはジダンだったのだ。
いつのまにかジダンが基点となってきていたのである。

ついに、ポルトが崩れる。いや、正確に言うと崩れてはいないのだろう。これはどういうことか?解説者・風間八宏氏の言葉にすべて集約されている。

「追い詰めているつもりが、逆にひきよせられてしまっていた」

何人も引き寄せることができれば、必ずどこかにスペースが出来てくる。そこを利用されてしまったのだ。
だがポルトの方からしてみれば、完璧に追い詰めてるぞ!という意識しかなかったのではないのだろうか?
外見上レアルは囲まれてモタモタしているようにも見えるのだから。
すごいのはジダンだけではない。スペースに飛び出し、完璧にパスに合わせられるという、このすごさ。
試合中に相手の出方を把握し、それに合わせて個人だけでなく、チームレベルで変化できるということ。
例えばパルマ。中田はわかっているのだが他の選手が気づいていないという場面はよく目にする。

思うに、状況に応じて皆が変わっていけるのはレアルだけじゃないだろうか。ただうまいだけじゃムリだ。それをさらに活かしていける思考=精神力=顔。
彼らのカッコ良さは何なのだろうか?彼らに比べたらハリウッド俳優なんてただのオジサンなんだなと一発でバレてしまうではないか!
はっきり言って、彼らは地球人代表といってもいいのではないだろうか?あんな顔、ただサッカー選手というだけでは獲得できない。

だがしかし、話を急ぎすぎてはいけない。これはまだ予選なのである。
私は、(イメージだが)
家庭的な雰囲気である故に余裕を持って思考できるレアル・マドリード対、ゴールにブッ刺す独身イケメン集団A.C.ミラン。
勝負、チームワークの何たるかをすでにして悟り、冷静に動き隙を逃さない僧侶集団ユヴェントス。
重戦車+機動隊を抱えたバイエルン・ミュンヘン(調子良くないようだ)、こういったチームとの試合を本当に楽しみにしている。

90分間の最高のエンターテインメント。ハリウッドより楽しめます。 


追記
レアルのディフェンスだが、弱いままの方がいいのではないかと思える。得点されてからの彼らの爆発をみると、正直、スリルがある。
1観客としては、手堅く勝利を得るよりスリルがあったほうが楽しめる。監督は、クライフの影響を受けているのだろうか?

恐らく、ディフェンスから固めていくチームづくりはもう古くなりつつあるのではないか。古いというより、何か違うんじゃないか。
これからのサッカー、クーペル監督のインテルなんかは優勝からは遠いような気がする。
オフェンスとディフェンスを同時に考えていくべきで、分けて考えるぶん攻守の移行ロスが大きくなってしまう。
最終ラインから固めるのではなく、中盤を基点として攻撃と防御を同時に行なわなければならない。